ときめかなくなったら、片付ける。

ときめかなくなったものを片付けることは、昔の服や古い本、そして、過去のビジネスモデルやインフラでも簡単ではありません。しかし、それができるかどうかが、イノベーションを大きく左右します。

 COVID-19の自粛生活の中で、むしろ大変な忙しさになったのがゴミ処理である。何しろ、家に閉じこもる生活を余儀なくされた人々が、いっせいに自宅の片付けを始めたわけであるから。「片付け」は、今年上半期の世相を体現するキーワードの一つだろう。

 片付けは難しい。最近流行りの「ときめかなくなったら捨てよう」であるが、確かに、この服もあの本も、最近着ても読んでもいないし、全く「ときめか」ない。では捨てられるか?というと、これがなかなか簡単ではない。その理由はいろいろあるが、その一つは「捨てなきゃいけないようなものを、どうしてあの時はおカネ出して買っちゃったんだろう?」という自責の念である。「捨てる」という行為は、何となく、過去の自分の愚かさを自分で認めてしまうような所がある。もちろん、ボロボロになるまで使い切って捨てるのであれば「自分をほめたい」という気にもなるが、殆どの場合はそうではない。

 とはいえ、日本の家庭事情では、使わないモノを漠然と置いておくことの機会費用は相当に大きい。都心のマンションなどで、もう着なくなった服で一杯のタンスが居住スペースの相当部分を占め、人間が窮屈な思いをしているのでは、何のために高い住居費を払っているのだろうかという話になる。

ときめかないビジネスモデルやインフラは?

 捨てることが簡単でないのは、ビジネスモデルやインフラも同じである。そして、その理由も。このプロジェクトは〇〇役員肝入りの案件だった、このインフラを捨てると、過去の投資の判断ミスが問われるかもしれない、決定に関わった人々が責任を取らされるかもしれない、などなど。

 モトを取り切っていないプロジェクトやインフラを途中で捨てれば、「サンクコスト(埋没費用)が発生した」と言われてしまう。「捨てないことが損失につながるとわかっていても、既に実施済みの投資が無駄になるのが嫌なので捨てられない」という行動は、「コンコルド効果」とも呼ばれる人間の悲しい性であり、既に多くの研究が行われてきている。さらに、ビジネスモデルやインフラは他企業などとのさまざまな「しがらみ」も生みがちであり、これらが、捨てさせない方向の力として働くこともあるだろう。

 しかし、それでも敢えて「片付ける」決断に踏み切れるかどうかは、イノベーションを大きく左右する。いかなる国や企業でも、若い人々に自由な発想ができる機会を与えれば、新しい考えは出てくるものだ。しかし、これを活かすには、環境に合わなくなったビジネスモデルやインフラを「片付け」なければならない。さもないと、これらが新しい考えの発展を阻害する方向に働いてしまう。

 私が昨年訪問した北欧では、ノキアが5Gにおいて世界をリードする企業となっており、フィンランドの経済的プレゼンス向上にも貢献していた。このようなノキアの成功の最大の要因として、フィンランドの人々は口を揃えて、「かつて世界No.1だった携帯電話製造ビジネスをすっぱり捨てたこと」を挙げていた。また、スウェーデンでも、SAABは自動車部門を「捨てた」訳だが、その当時スウェーデン当局は、生活水準と労働コストの高い小国としてITに活路を求める方向に既に舵を切っており、自動車産業を自国に維持することに殆ど未練を示さなかったと報じられている。このような北欧諸国の決断は、これらの国々の良好な経済パフォーマンスにも結び付いている。

図表1.png(出典)世界銀行

ときめかないインフラ

 そして、「ときめかないのに片付けられない」という問題がとりわけ目立つのが日本である。

 ITインフラの国際比較調査などによれば、日本では、「攻め」のIT投資が少なく、インフラが肥大化・複雑化しており、支出の多くがインフラの維持管理に充てられている姿が示されている。これでは、日本のITインフラに「ときめく」のはなかなか難しいだろう。

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大事なものはアイディアとビジョン

 問題は、「ときめかないモノを片付けられるか」である。

 現在、インフラを構築するためのツールは、過去に比べはるかに充実している。オープンソースやクラウドの発達、SaaS、IaaS、PaaSなどの登場により、今や、インフラ構築を電算センター建設も含め全て自前で行う必要は無くなっている。どうしても必要なものは「ビジョン」であり、これを実現するためのツールについては、外部のリソースを活用することが容易になっている。

 しかし、これらの新しいツールを活用し、ビジョンを実現できるかどうかは、「ときめかなくなったモノを片付けられるか」に大きく左右される。日本においてイノベーションを推進する上では、まず、「片付け」ができるような環境作りが大事になる。それさえできれば、新しいアイディアは、若い人々がどんどん出してくれるはずだ。

 生物は日々刻々、大量の老廃物などを捨てることで、生物としての存在を維持できている。企業や産業も同じだろう。ときめかないインフラを片付けられないが故に、最も捨ててはいけないビジョンや従業員、社会貢献を捨てざるを得なくなっては本末転倒である。何よりも、人々の方から「この企業、この業界にときめかなくなった」と捨てられないようにしなければならない。

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